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April 2011

飯岡 Apr17,2011

東北関東大震災の発生から間も無く40日を迎えます。この間例年通り桜も開花し、植物の持つ癒しの力に改めて感心させられたりしたわけですが、一方で突然訪れる余震やインターネットの動画サイト上などに投稿され続ける津波の新たな映像には改めて背筋が寒くなる思いを抱いています。

東北各地の惨状に比べて報道される量は少ないものの、
3,11では外房、特に遠浅の砂浜が続く九十九里浜一帯にも大きな津波が襲来しています。
なかでも一ノ宮から続く九十九里浜の最北端、旭市飯岡地区がもっとも大きな被害を蒙ったのは周知の通り。

何故飯岡にこれほど大きな津波が打ち寄せたのかは良く判りませんが
銚子半島と屏風ヶ浦を回り込むように進んだ津波が、開いた湾を形成する飯岡海岸に向かって収束する形となったのか、
砂浜が他の地区と比べて狭く、海岸線と集落が接近しているのも被害を大きくした要因かもしれません。
本来ならエントリーしていた2月の飯岡マラソンで被災地となる前の町を走る予定でしたが、当日に仕事が入り棄権してしまった事が残念です。

東北各地の被災地の様子も気になるが
地元である千葉県内の被災の状況はこの目で見ておかねばならない。
という事で、被災から間も無く40日を迎える飯岡市内へ行ってきました。

蓮沼辺りから国道30号線に出てサーファーが波間に浮かぶ何時もと変わらない平和な海岸線を北上、旭市に近づくにつれ浸水した田畑、もろもろの生活用具が吹き寄せられたように散らばる空き地、茶色く立ち枯れてしまった木々という感じで津波を被った跡と思われる場所が点在してきます。

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コンクリートの護岸が水だけでここまで破壊されるとは

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被災直後の映像では流された車が引っかかっていた水門

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言葉を失う瓦礫の堤

飯岡地区では一部を除いて瓦礫の撤去も進み、基礎だけ、あるいは更地となった被災住宅跡が海岸に沿って続いており、漁港でも各所で被災した漁船を岡に上げての修理が行われていて、被災直後の映像で見た悲惨な感じは既にありません。
しかし、撤去した瓦礫がどこかへ消えてなくなった訳ではなかった。
国道から見えない防風林と砂浜の間、サイクリングロード沿いに延々と仮置きされた瓦礫の山を見て言葉を失いました。

写真からはボリューム感が伝わりにくいのですが、物凄い量の瓦礫です。
比較的被害が小規模だった飯岡でさえこうなのだから
三陸や宮城ではいかばかりか・・・と。
自分の目で確かめに来たのは正解だった。
皆遠慮などしないで見に来るべきだ
と感じましたね。
勿論作業の邪魔にならないように。

東北関東大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし
行方不明となられた方々が一人でも多く発見され
被災地が以前にも増して素晴らしい街となることを確信し祈念いたします。

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