イタリア文化会館:景観論争に想う
昨年の末、改築して間も無い九段のイタリア文化会館で開かれたエトルリア展に関する記事をアップした。そのイタリア文化会館が今、景観論争を巻き起こしているらしい。
私も実際に訪れて建物全体が「真っ赤っか」とは言わないまでも、イタリア国旗を思わせる赤白緑の大胆な配色なので正直度胆を抜かれてしまったのだが・・・。
赤は日本の漆器をイメージした色だとか※、これでも景観に配慮して当初の計画より若干彩度を落としたのだそうで、確かに一見派手ではあっても微妙に彩度がコントロールされていて赤というより明るいえんじ色といった印象が強くしばらく見ているうちに馴れてしまう。
私自身は、皇居の緑を背景に夕日を浴びてより赤みを増したビルの外観を見上げながら、この色をこの配色で下品にならず使いこなせるセンスはさすがデザインの国とむしろ好感さえ抱いてしまった。これが銀座や表参道辺りであればお洒落なビルと言う事で何の問題もなかったろう。
私の記憶違いかもしれないが隣接して建つ高層マンションも以前、皇居を見下ろす高さと言う事で物議を醸していた様な気がする。
今回はイタリア文化会館の壁の色がマンションの室内に映り込んでしまうという実害も発生しているのだとか。日本の都市の無計画な経済効率偏重ぶりが良く解るエピソードという気がするが、色彩の心理的影響は馬鹿にならない。何でも改築される前のイタリア文化会館は蔦の絡まる古いお屋敷建築だったそうで、古いイタリアと新しいイタリア、あまりのギャップに“困惑”するのも確かに無理は無い。
その一方で地元住民の意見として「ローマの遺跡の様な重みの有る色」という提案が出ているらしいのだが、イタリアの建築=ローマ遺跡と言う発想は・・解らないでも無いにせよ日本の建築=桂離宮と言っているのと同じようなものでこれはこれであまりに一面的な見方ではないだろうか。
ここからは余談。
千代田区の美観地区ガイドプランでは「首都の風格にふさわしい景観」「水や緑と調和したシルエット」をうたっている(らしい)。
明治維新以来、地震、戦争、高度経済成長、バブル経済と何度となくスクラップ・アンド・ビルドを繰り返しながら拡大していった東京には、そもそも首都に相応しい建築デザイン、色彩、景観という考え方自体入り込む余裕は殆ど無く、僅かな例外を除いて、多くの試みはその都度灰燼に帰している。今都心では首都高速の見直しや東京駅の改築等都市景観の見直し、再評価が議論されているようだが、再現される景観がある一方で消滅して行く歴史的建造物も相変わらず存在する。容積率や建蔽率のような数値で測れる基準だけではない歴史や風土から来る必然性のようなもの、日本文化特有のバランス感覚のようなものを都市景観に応用する智恵をそろそろ身に付けても良い頃だと思う。
問題のイタリア大使館の赤い外観ですが、少なくとも私には日本人の美意識からそう大きく逸脱したものとは感じられなかった。色の違和感という部分だけならそのうち馴れてしまうだろう。
※当初はイタリアの陶器の色と書いたのですがどうやら勘違いでだったようです。
イタリアの陶器の色→日本の漆器に修正変更しました。
「建築・インテリア」カテゴリの記事
- 消え行くもの(2008.05.04)
- イタリア文化会館:春爛漫(2006.03.30)
- 仕事人(2006.05.20)
- 万世橋駅遺構公開中(2006.04.11)
- イタリア文化会館:景観論争に想う(2006.03.20)


Comments