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20年目の夏

確かあの日も暑い夏の日だった、私はまだ設計の仕事を始めたばかりの20代のぺ−ぺ−であり、短い夏休みを目前に控えていつもの様に残業をしていた。1985年8月12日。羽田から大阪伊丹空港にに向けて飛び立った日本航空JAL123便が奥多摩上空を飛行する姿が目撃されたのを最後に消息を断つ。
群馬県上野村の山中に墜落している姿が発見されたのは翌朝だった様に記憶している。その後事故現場の凄惨な様子が報道を通じて明らかになるにつれそのあまりの悲惨さに驚愕した思いが今だに皮膚感覚で思い出される。
その後私自身旅行や仕事で何度となく飛行機に乗る機会があったが、未だにちょっとした揺れでも心臓がバクバクしてしまうのはあの事故報道のトラウマである事は間違い無い。私と同様な思いを抱えている人は多いと思う。

御存じの通りあの事故では4人の生存者が居た、当時14才だった川上慶子さんも結婚して幸せに暮しているそうである、そういえば阪神淡路大震災の時には看護士として人命救助に奔走する様子が報道されてもいた。
生存者の証言によると墜落直後まだ多くの人が生きていてあちらこちらで家族の会話が聞こえていたが米軍と見られるヘリコプターが遠ざかって以後は沈黙が支配する様になって行ったという。多くの人が力尽きていったのだ。
川上慶子さんの近況と共にその様子を伝える週刊誌の記事を立ち読みしながら思わず落涙しそうになってしまった。「どうか安らかに」という言葉もなにかむなしい。

ところで一昨日福岡へ出張し昨夜福岡空港から飛行機に乗って帰って来たのだが、今夜その福岡空港からハワイに飛び立った飛行機がエンジンの爆発を起こし引き返したそうである、ニュース映像では薄やみの中上昇する飛行機のエンジンが突如火を吹く衝撃的な映像が流れていた。安全システムの破たんを感じさせる笑えないトラブルが続く。

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