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春分

『日天の中を行て昼夜等分の時也』

2005年も早4分の1が過ぎたわけだ、早いものです。
早いと言えば今年は地下鉄サリン事件から10年。
もう10年も経ってしまったのか、という思いだ。

報道を通して知った阪神淡路大震災被害の生々しさがまだ癒えないあの春のあの朝、やや遅めに出勤した私が、新日本橋の駅からいつも通りに地下鉄に乗り換えようとすると、銀座線が止まっていた。駅員曰く爆発物が仕掛けられたとの事。未曾有のテロに社会の全てが混乱していたのだろう。
上野にあった当時の勤務先でも被害を受けた物は居らず、皆何が起きたのか解らない様子であった。その日の昼、ニュースを見るまでは。・・・
その時、そこからさほど遠く無い築地や霞ヶ関は混乱の中にあったとは。
翌日の新聞に掲載された被害を受けた人達の名前の中に、友人や知人が混じってはいないか?と、心配した事を憶えています。

そして10年目の春分は福岡沖の地震。
かなり激しく揺れたようだ。
亡くなられた方には申し訳ないが、今のところ死者1名で済んだのは不幸中の幸いというべきなのだろうか。


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「こよみ」カテゴリの記事

Comments

またまた、岡枝です。
私はヨシヲ様のような危ういニアミスはおろか、当時は留学中の身でしたので、事件発生をその日のうちに知ることすらできませんでした。けれども、後にあらましを知りましてからは友人・知人のことが心配で、彼らに無事を確認する手紙を送りまくったりしておりましたっけ…

東京大空襲同様に、3月20日はずっと暗い記憶として、日本人の中に残り続けてしまうのでしょうね。そんな日付が今後増えませんことを祈るばかりです。

後程リンク&TBさせて頂きます♪では、また!

Posted by: 岡枝佳葉 | March 21, 2005 at 07:00 PM

岡枝さんこんにちは。
コメント&トラックバックありがとうございます。
確か事件発生そのものは比較的早い時間帯(ラッシュアワーが始まる頃)だったと記憶しています。その頃の私自身は出勤時間も異なり、幸いにも現場から離れて行く方向に通勤していましたから、ニアミスと言う程の危険を感じる事はなかったのですが。その日1日は救急車のサイレンの音などで、何か騒然としていた記憶があります。
未だにホームから撤去されたままの、あるいは中身が見える様にデザインされた駅のゴミ箱を見る度に、10年前の騒然とした1日を思い出させられます。

Posted by: ヨシヲ | March 22, 2005 at 11:06 AM

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