政党の劣化

日曜日はいよいよ衆議院選挙です。
最近は選挙運動も様変わりしてきたようで、以前のような選挙カーによる名前の連呼を殆ど見かける事がありません。まあ静かなのは結構なのですが「本当に選挙やってるの?」という印象。
一方で盛んなのが所謂マニフェストの配布とネットですが、各政党では選挙公示後もHPの更新が行われていて問題視されているようです。
金のかからないネットでの選挙活動が禁止されているというのも随分と理不尽な話ではありますが、
悪法といえども法は法。無視してしまうのは如何な物かと主要政党のHPを覗いて閉口してしまった。

自民党のHPがひどいのだ。
今までに例を見ないネガティブキャンペーンのオンパレードで
ネット上に信憑性も定かでないうわさ話を流すサイトや
ネットウヨクと呼ばれている人々の巣窟といった様でもある。
普通の有権者は引くだろう。
これが50年間与党であり続けた政党なのか?。
社会党に続いて自民党。嘗ての大政党の崩壊を目の当たりにしているという事だろうか。

ところで最近、「保守」という言葉をやたら耳にするのだがどうしたものか。
私などは「保守主義」という字面からはどうしてもネガティブなイメージが拭い去れないのだが
「保守」の反対語が「リベラル」とされる風潮もどうも納得いかない。
「保守」の反対語は「革新」であり、
自由主義、寛容を意味する「リベラル」の対極は不寛容。
言い換えれば全体主義とか国粋主義ではないかだろうか?

時代や環境の変化に応じて柔軟に対応しながら日本の立ち位置を保持する、というのが保守政治の一つの在り方だとすれば、(ネット情報の受け売りではありますが)従来の自民党政治はこちら。
弊害は数え切れないものの、官僚主義、55年体制と共に戦後の日本を牽引してきた功績は認めざるを得ないと思う。

一方最近は一部に国粋主義、一国主義の保守が蔓延しつつあるようだ。
というよりむしろ「保守」という言葉が国粋主義の隠れ蓑となっている感もある。
彼らは従来からある「保守本流」をむしろ軽蔑し、
自分たちこそ「真の保守」だ、なんて自画自賛してしまうのが特徴だ。

だいたいからして人間個々人の頭の中を白黒はっきり別けられる筈も無く、だれしも二律背反は当たり前。
自分だって基本はリベラルではあるが、一面保守的でもある。
政治も有る面では保守であっても改めるべきは革新でなければならないでしょう
右にしろ左にしろ一つの考えに凝り固まっている奴の言葉など到底信じられない。

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半夏生

庭の睡蓮鉢に植えた半夏生(または半化粧)。
毎年この季節にはその名の通り片方の葉だけが白くなります。
暦で言う「半夏生」とは半夏という薬草が生える頃、ここで言う半夏とは半夏生とはまた違う植物だそうです。ややこしい。
本格的な夏到来直前、梅雨のけだるさを感じさせてくれるこの時期にぴったりな名前です。

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最年少市長誕生

昨日は前市長の逮捕、失職に伴う千葉市長選挙があり、民主党などが推薦した若い市長が誕生しました。
31歳での政令市長就任は中田横浜市長を抜いて歴代最年少だとか。
官僚支配が続いて膠着しきった金権千葉の体質を根こそぎひっくり返して名実共に活気のある政令都市になるにはこのくらいの荒療治が必要だと思う。(ちょっと期待しすぎかな?)
当初副知事の立候補で無風かと思われた今回の市長選挙。
一部には言い掛かりとしか思えないくだらない中傷もあったようだが、選挙戦自体は前市長の逮捕という特殊事情も有ってか候補者同士の揚げ足取りのようなこともなく、「大人」な戦いだったように感じます。
一方で巷間言われているように31歳と言う若さに少々不安な面は確かに有る、というか私も有った。
候補者の写真を見て「こりゃちょっと駄目かな?」と思ったのも事実です。
お披露目で街角に立つ姿には頼りなさを感じたのだが、当選後の映像では日焼けしてたくましい感じになっており、票を投じた一市民として安心しました。

選挙戦の最中、駅頭に河村たかし名古屋市長を招いての演説会にたまたま出くわした。
みゃあみゃあと何を言っているのか良く判らない名古屋市長はご愛嬌として、熊谷氏の「副市長は行政の代表であり市長は市民の代表であるべき」との発言は千葉市の歴史に残しても良いかもしれない名言だと思いましたよ。(今回自公が押した対立候補は副市長)

先の千葉県知事選挙では新知事の巧みな「演技」に翻弄された千葉の有権者も今回は良い仕事をしたと思う。というか思いたい。

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GWは雨の至仏山

GWからもう日数が経ってしまいましたが
生憎の雨に祟られた尾瀬至仏山のBCスキーの記事をこちらでアップしています。

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愛し合ってるか〜イ

前回の日記の日付は首都圏に雪が降った2月末。更新をサボっているうちに既に初夏です。
否、特にサボっていた訳ではないんですが。。。

元RCサクセションのボーカル、忌野清志郎さんが亡くなったそうだ。
一度は癌を克服して復帰を果たしたというのに、やはり病魔には勝てなかったのか・・・
先月の清水由貴子さんの自殺のニュースも理由が理由だけに衝撃的で随分と考えさせられるものだったが、音楽界にとどまらず、社会に一石を投じ続けたこの人の訃報もやはり衝撃だ。
生放送で放送禁止歌を歌って物議をかもしたり、自転車で日本一周をしたりと、常に権威や体制をおちゃらかす反骨精神全開で話題に事欠かない人だったわけですが、過激な人生を歩んだ人は死に方まで過激だったかどうかは定かでない。それでも亡くなったのが憲法記念日の前日だったというのも何かの因縁 だろうか?
自分的には2005年公開の映画「サヨナラCOLOR」に竹中直人、原田知世の同級生(!)役で出演している姿がこの人を見た最後となった。
御冥福をお祈りします

それにしても反体制、反骨精神むき出しのカッコいい人がどんどん少なくなっていく昨今。残念なことです。

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東京雪

昨晩からしとしとと降り続いていた雨が雪に変わって、千葉も東京も(多分神奈川も埼玉も)ようやくの初雪となりました。
最近は暖かい冬が当たり前のようになってしまったのでいまひとつピンとこなくなってしまったが、統計によると1960~70年代くらいまで東京の雪は「春に降る」ものだったのだとか。確かに自分の子供時分(昭和30~40年代)は2月3月に大きな雪だるまが作れるくらいの大雪がしばしば降っていたような気がしないでもない。
都市化による影響もあるのか、首都圏では大寒あたりでしか雪は降らなくなってしまったようだ。そんなわけである意味久しぶりの「正当派東京雪」でした。

ところで
邦画「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞に。同じく「積み木の家」が短編アニメーション賞に選ばれるという歴史的快挙から早5日が経ちました。
私自身は両作品ともまだ未見なので何とも言えないのですが先ずは目出度い。
特に「おくりびと」はDeparture(出発)という英題が暗示しているように、大不況下で疲弊したアメリカ人にとっては、「変革」と言う強いメッセージともに、誰にでも平等に訪れる死に際しての「やさしさ」や「救い」、新たな価値観への「旅立ち」が何よりも価値あるものと感じられたのかもしれません。
そんな思いには洋の東西はないはず。
そもそも民族、人種によって価値観やものの見方が大きく変わっていたら会話が成立しないし、一応外国人との間でも会話が成立するって事は国や言葉が違ってもホモサピエンスの考え方に大差は無いって事でしょうか?。

早いもので間もなく3月ですが。
去る1月には母方の長兄である叔父が90歳で他界しました。
悲しい事では有るが天寿を全うしたと思うならむしろ目出度い事なのかもしれません。
とはいえ、記憶の中で堂々とした体躯だった叔父が、すっかりやせこけて横たわっている姿にはやはり後戻り出来ない時間の流れの残酷さと厳しさを感じずには居られませんでした。
そして、故人と対峙しても嫌な顔一つせず(仕事だから当然でしょうが)きびきびと働く葬儀社の経営者(社長自ら現場に出ている)の姿に感銘を受けた直後だったのです。
「おくりびと」。DVDで見てみようと思います。

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カップヌードルライトを食す

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仕事帰りに駅前のコンビ二に寄ってみると昨年末から気になっていた新製品、カップヌードルライトが発売されていた。
最新の製法で味はそのまま、カロリー半分を実現した食品会社の自信作らしい。
早速買って食べてみた。

パッケージは少し小さめ、グラフィックは僅かにすっきりとした感じでそれとなく美容と健康をアピールしている。「ちょっと小腹が空いた」「飯は食ったが寝る前にもう一品」、だからこそカロリーが気になる。こんな場合は少し小さいかな?と感じさせる位のほうが有利なのだろう。一見判りにくいがカップ自体も紙製となっているようだ。
で、肝心の味のほうは・・・
普通のカップヌードルと何ら変わらない、というよりむしろこちらのほうがさっぱりしていて旨いと思う。乾麺を加工する際に油の使用量を減らすという手法に加えて、麺自体を小麦粉で食物繊維を挟み込む三層構造!にしたそうだ。
そんな技を駆使しているとは聞かなければ全く気がつかない。
大したものだ。

この技術力と発想力を持ってすれば世界同時不況も乗り切れる!。
かな?

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箱根駅伝沿道応援、牛天神

正月三日目は以前からの懸案事項、箱根駅伝の沿道観戦を実行に移す。
と、まあそんなに大げさな事ではないが、ともすれば家でTVなどを見ながらダラダラと過ごしてしまいがちな正月休み。例年最後まで見ていると正月が終わってしまう箱根駅伝に今年は沿道でリベンジだ。
ラストスパート目前の三田駅前で待ち構えていると先ずは首位を独走する東洋大学の選手。暫く間を空けて二位の早稲田大学の選手が通り過ぎてゆく。
この間隔では逆転は先ず不可能である事がわかる。で、その後も適当な間隔を空けて次々と選手がやってくるが皆一様に穏やかな表情をうかべており、意外な事に苦しそうに顔を歪めて限界に挑戦しているような選手は殆ど居ない。多分それなりに苦労したであろう練習の成果を、噛み締めながら走っているようであり、晴れの舞台を楽しんでいるようにすら感じられる。往々にして強調されがちな母校の誇りを背負った孤独感や悲壮感はメディアの中だけの話なのかもしれない。

今年は80を過ぎた父親が年男ということで、両親を車に乗せて飯田橋にある牛神社、正式名称北野天神に参る。北野天神とは随分と立派な名前だが神社は拍子抜けする程小さい。別名の牛神社とは境内に有る源頼朝のちなんだ伝承が残る小さな岩に由来しているらしい。その岩をなでると願い事が叶うとか。小さな境内は大勢の参拝客で賑わっていた。


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あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

昨年は世界経済の停滞が自分にも無縁ではなく
変化を余儀なくされた年でした
本年はその変化を確固たる物にする為の種をまく年。

そんな節目の元旦の朝は外房で迎えました。

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昼間の銀座で忘年会

今年の職場の忘年会は一風変わった趣向、クリスマスで賑わう銀座のレストランでランチという事になった。
(勘違いしないでください。ランチです、ディナーじゃありませんよ)

他業界に先駆けていち早く不況の影響を受けた不動産、建築業界の例に漏れず一時は会社存亡の危機にさらされた一年のしめくくりということで、ちょっとした贅沢気分を味わいたいという企画は大成功でした。
なにせレストランは超一流ブランドビルの最上階なので、店舗の正面入り口からズカズカと入って行くのはちょっとした快感。ついつい職業意識が出てジュエリーの入ったショウケースを触ったり壁を叩いてみたりときょろきょろしてしまう。
ひとしきり食事とゆったりした時間を楽しんだ後は、会社に戻る人間、打ち合わせ先に向う人間、二次会へ向かう人間とさまざま。自分は二次会でした。
という訳で今年も無事?何とか収まって、年末休みに突入です。


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東京タワー50歳

東京タワーが昨日誕生50周年を迎えたそうだ。
昭和33年12月オープン。私が34年の早生まれなので
同じ学年という事だ、って歳をばらしてしまったよ。

小学生の頃、親につれられて登りに行った事を今でもおぼろげに記憶している。当時はまだ築浅だったのだなあ〜。
新橋で働き始めたばかりの頃(といっても一年前)、少し歩けば東京タワーが間近に見える事に少し驚いた。小学生の頃初めて登って以来、何度となく見ているはずなのに、高層ビルが林立するようになった現在の東京に在っても、
ビルの谷間から思いがけず現れたり、道路の向こうに見えていたりするとやはり特別な思いが湧いてくる。近かったり遠かったり、距離感を推量るのにぴったりの文字通りのランドマークだ。
今後はスカイツリーの誕生と共に電波塔としては引退となるらしいが
たとえ引退したとしても、日本の高度成長を支えた活力のランドマークとしてはまだまだ活躍してくれることでしょう。

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百香抱擁

今を去る事20云年前、演劇を少し齧っていた20代のはじめ頃、我々のような素人集団を率いて創作に情熱を傾けていたI君がプロとして演出を手がける舞台を昨年に引き続いて見に行った。構成員が固定された「劇団」ではなく、何人かの常連メンバーを核として公演毎にキャストを募集する「演劇ユニット」という形式で、昨年までは「a落花生MOON」という変わったユニット名で活動していたのだが、今回からは「ARM」と何やら普通の感じに名称を変え、内容もテーマを絞り込んでのリニューアルだ。

以下、実際に見ていない人や演劇に興味の無い人にはさっぱりだとは思うが、文章から何となく想像してみてください。

I君をはじめ当時のメンバーと連絡が途絶えてから20数年、ネット検索をしている中で「a落花生MOON」の存在を偶然発見し、初めて見に行ったのが昨年の夏公演の前作「ATHNE」。20名近い出演者が小さな舞台上を処狭しと動き回り、時間や空間設定が自由に交錯する構成で、始めはストーリーや設定を追うのに忙しかったのだが、最後にはその緩急の間にすっかり酔っていたのだった。
今回もそんなイメージで見に行ったのだが、出演者も半分に絞り込み、内容もシリアスなものとなるなど、全く異なった展開をみせてくれたのでした。
ただこれが大成功であったかと問われると何とも言えない。他の観客も前回のような内容を期待していたのかやや戸惑っているようにも感じられた。事実上素人である自分が言うのも生意気な話だが、脚本は良く出来ていて台詞も気が利いている。ただ、何人もの女性たちを夢中にさせながら飄々と流される人生を生きる色男が、結局は手玉に取られ利用されていただけだった事に気がつく。という主題に絡むサイドストーリー的なエピソード群が、より濃密且つ連携強く描けていれば、もっと印象の強い舞台となったかなあ〜と思ったりもしないではない。何にせよ新しい事にチャレンジするのは大変な事だ。

終演後キャストと一緒にお客さんを見送る座長のMさんや演出のI君と少し言葉を交わす。
次回の公演をどうするか未定だそうだが弱気にならず頑張って貰いたいものだ、次も必ず見に行くからさ。

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冬至

昨日は冬至でした。
暦でも「日南の限りを行て日の短きの至りなれば也」とあり、
古今東西を通じて一年の始まりとされる日であったようです。
日本ではゆず湯につかったりするのもその名残とか。
クリスマスも実際にはイエスキリストの誕生日ではなく、古代ローマにおいてキリスト教が広まってゆく中で、もともとあった冬至祭りが形を変えたもののようです。
一年の始まりと、やがて来る春の到来を予感させる冬至の祝いは、神の子の誕生を記念するのに誠にふさわしい。とされたとしても不思議はないかもしれません。
ちなみにハロゥインも似たような経緯を辿って今日まで残っているのは結構有名。
こちらはケルト人の降霊祭でしたか。。。

多分全国的にも同様だと思いますが、南関東では実に暖かい冬至となりました。
インデアンサマー、あるいは小春日和。
南よりの風が強くもう気持ち悪いくらい。
でもこの後はまた一段と寒くなって行くのでしょう。
今年ももう残りわずかです。

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田母神論文問題

航空自衛隊の田母神前幕僚長の懸賞論文と、それに対する処分&顛末のドタバタが話題を呼んでいる。
戦前日本の植民地経営、戦争に至るまでの歴史認識、解釈に関して、現役の空幕長が政府、防衛大臣と異なる私見を幕僚の肩書きの下に公に開陳し、部下にも影響力を行使していた問題。幕僚の更迭まではご本人も覚悟していたらしい。(とはいえ今となっては単なる言い訳か否かは不明だが)
シビリアンコントーロルの原則を厳格に適応させるなら、当然更迭の後は懲戒免職という流れになるのだろうが、防衛庁側としては定年退職という形で穏便に処分を行えば、空幕長という立場をわきまえておとなしくしてくれるとでも思ったのかもしれない。身内に甘いと言えなくもないが、そんな「武士の情け」も当の本人にはさっぱり通用せず、退職金もいただき主張もそのまんま。今のところは田母神氏の方が一枚上手だったというところか。

一体どのような論文なのかと思いインターネット上にアップされていた全文を読んでみた。
世の中の大勢に対するアンチとしての意見なので、独善的、過激になるのはわからないでもないが、如何せんバランスが悪い。書いてある事全てが間違いとは言わないまでも、ご都合主義的というか、綺麗事に走り過ぎと言うか、ナルシストの自慢話を聞かされているような居心地の悪さを感じてしまう。いわゆるヘタレ保守、ネットウヨクなどと言われている人達はこういった文章を読んで気持ちよくなってしまうのだろうが、私にはちょっと理解出来かねる。文体としては上品で文脈も一応通っていると思うが、別段目を見張るような新事実が書かれている訳でもなく、何処かで見たような、どこぞのブロガーの戯言のような、ワイドショウのコメンテーターの言葉を借りれば「聞きかじりの集大成」のような虚実取り混ぜた印象の論文、というより感想文のような文章で300万円の賞金をちゃっかり頂いてしまうというのはどうなの?という感じではある。
おまけに退職金までしっかり頂いて、なんだか公人感覚に乏しい半面、立ち回りの上手い人だなあという印象だ。

そもそも国家や人類集団同士の思惑や欲のぶつかり合いが昂じておこるのが古今東西戦争というもの。ショッカーと戦う仮面ライダーでもあるまいし、正義と悪の色分けなんて実際には出来る筈も無く、ただ苦しみと悲劇が有るのみ。今時、戦前の日本の行い全て悪だったなんて考え方をする日本人がいるとは思えず。どこから聞き齧ったのか「自虐史観」などというイヤラシイ言葉を得意げに語っている人々には、脳内妄想が人間の特権だとしても、いいかげんにしとけよ。という感じだ。

この話に関して石破前防衛大臣が大臣時代、直接本人に注意を与えていたことが報道されている。『いいですか。あなたは一個人、田母神俊雄ではありません。私の幕僚です。政府見解や大臣見解と異なることを言ってはいけません。いいですね』と釘を刺したのだそうだが、「軍人が自らの思想信条で政治を糺そうとするのは憲法違反以外の何物でもない」
とも言っている。これに関しては石破氏の意見に全面的に賛成だ。

それにしても問題の懸賞論文を募集したアパグループの胡散臭さは一体何なのか?
アパといえば正直あまりお似合いとも思えない帽子がトレードマークの女社長と耐震偽装。偽装発覚で当の社長が帽子を取って謝罪した映像がおなじみだが、安倍元総理や森元総理らとの怪しげな蜜月が噂になりながらもいつの間にか立ち消えとなってしまったのは、どういう訳だろうか。
以前から談合の噂が絶えない感も有る防衛庁がらみの公共事業。
一企業の思惑に国防の責任者がまんまと利用され、文民統制の根幹が揺るがされる事態になっていたとしたら・・・・・

余談だが新聞の記事を斜め読みしながら懸賞論文を募集したのが元社長、つまり帽子のおばちゃんだと思っていたのだが、よく読んでみたら「元谷社長」苗字だった。

以上の話はひとまず置くとして、以前アップした「貧民の帝都」を読んでみて感じたのは、歴史には日の当たる場所もあれば光の当たらない闇もまた存在するという事。光の当たる場所は誰もが知っていても闇は見えず感心すら払われない。
文明開化から敗戦にいたる道のりで語られてこなかった影の部分がまだ残っているなら、良い部分も悪い部分も知っておきたいものだ。

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江戸川堤を走る

市川リバーサイドマラソンを走ってきました。
この大会、以前は行徳橋から江戸川の堤防を北上し、寅さんでお馴染みの柴又辺りで折り返す15キロという微妙な距離の大会でしたが、久しぶりに参加してみると10キロに短縮されていました。このくらいの距離だと殆ど緊張する事無くスタートラインに立つ事が出来ます。

スタート30分前に会場に到着。着替えを済ませ荷物を預けてスタート位置へと移動するが何となく足裏の感じがおかしい・・・?
そういえば前回履いた後、インソールを外したままだった事を思い出した。履いて来た普段履きのスニーカーはバックに入れて預けてしまったし、スタート時間は間近だし、
こんな些細な事でも、スタート前だと焦ってしまうものだが、実際走り出してしまえば案外気にならないものでした。
それにしても相変わらずタイムは悪くなる一方だ。
まあ最近は普段殆ど走っていないので当然といえば当然なんだけど。

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貧民の帝都

「読んでおいて良かった」と思う。
本を読む事の重要さを再認識させてくれる目から鱗の一冊だった。
華やかで真新しい文明開化の部分ばかりがクローズアップされる明治維新は、一方で貧困層の大量発生という暗い暗い影を伴っていた。戊辰戦争の混乱と幕府の崩壊で無政府状態となり、江戸詰の侍達が地方に戻ってしまった東京の町には、貧しい庶民や失業してしまった武家の下働きの人間達ばかりが残されて、広大な空家となった江戸城に乞食が住み着き、町のそこかしこには行き倒れ人の屍骸がころがるという悲惨な状況が展開されていたらしい。やがて新政府の体制が整えられていくのに伴って、新首都東京の「恥部」である町に溢れる乞食、行路病人、孤児、独居老人等の極貧民を隔離収容する施設が作られた。これが後に養育院という平成の時代まで続く社会福祉施設の始まりとなる。
この本ではこの養育院の変遷を軸に初代院長としてらつ腕をふるった渋沢栄一の奮闘振りや大正、昭和初期まで存在した東京の4大スラムの立地や起源、様子などが現在の地図とともに詳しく説明されている。また所謂「部落差別」の深刻化の起源が皮肉な事に明治時代の賤称廃止令に有るという事実は、意外だが成る程と思わせる。都市のインフラ整備を可能にさせた「財源」の話も何か今日に通じる様で興味深い。
それにしても“淤水縦横して汚穢を極めたるもの散在する”貧民街が今日では「都心」に相当する地域にも存在していたとは驚きだ。
自分達の町にかつてスラムが存在した。なんて事は誰も好き好んで話す者は居ない。このような事実は「江戸時代には芸人や芸者などが住む粋な町でした」なんてな風にぼやかされ、意識するともなしに隠されるのが関の山だ。そして日本の資本主義の父といわれ今日まで残る名だたる企業の創業者として名を残す渋沢栄一の筋金入りの社会福祉事業家としての一面、その行動力と信念の強さに打たれた。明治より現代に至るまで、利益の追求と社会への還元の両立という意味ではたしてこの人を超える実業家は存在するのだろうか?と思わせる。

東京が災害や戦争に翻弄されていく過程で養育院もまた変遷を余儀なくされ、行財政改革のうねりと共に終には事実上の廃止となってしまった。社会不安や格差が急速に拡大し、街に浮浪者が溢れる現代社会。はたして救いはあるのだろうか?
作者の思いは現代の「非人」階級に繋がっていく。
要所毎に挟まれる作者の独白、解釈の部分で時折現れる「揺れる思い」「断定への恐れ」は読み手に不安感を与えるが、それはまたこの問題の難しさを象徴しているようにも感じられた。

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塩見鮮一郎著
文芸新書、文芸春秋社

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高尾山森林遊学走

9月最後の日曜日、高尾山で開かれた森林遊学走大会の7キロマラソンに参加してきました。2004年に同じく7キロコースを走って以来2度目の参加となりますが、5年前は表高尾、今回は裏高尾と会場、コースとも全く変わっています。(2004年大会参加の様)

午前中の早い時間にスタートする他のマラソン大会と比べて15キロが12時10分、7キロが12時20分とかなり遅めのスタート時間となる為、ネットのダイヤ情報等で調べたうえで決めていた当初の予定時間よりもすこし遅れて自宅を出たのだがこれが失敗。京王高尾山口の駅についた時は既に最終便のシャトルバスが出た後でした。正に万事休すといったところですが、運良く会場へ移動するスタッフの好意で車に便乗させていただき、かろうじて事なきを得ました。
感謝にたえません。

JR中央線や中央高速道路が走り抜け、圏央道のトンネル工事も始まった様子の裏高尾だが、旧甲州街道小仏越えの田舎っぽさや道の狭さは多分昔とあまり変わっていない様子で東京でありながらも実にのどかでほっとする雰囲気だ。

最近のトレイルランブームを反映してか15キロコースを走るランナーの人数は平地の大会と殆ど変わらない。一方7キロコースは初級者向きとして捉えられているのかやや少なめ。それでも走った感想としてはコース前半のきついところは共通なので初級者向きと言う感じはあまりしない。
7キロコースの場合、前半は細いトレイルの急登、ここは若干足場の悪い登山道なので走ったり追い越したりは不可。皆一列となって登って行くが、普通なら適当に休みを入れつつ登って行くところ、後ろから追い立てられての全く休みなしの登りなのでかなりきびしい。中盤は縦走路に上がって登ったり下ったりと一般ハイカーに混じって走る。この辺りでは普段から走る人が多いのか一般ハイカーも馴れている感じで好奇の目を向けるひとは皆無。
(余談だが最近は北アルプスの稜線あたりでも走る人が結構いるらしく、中には大キレットを運動靴(トレランシューズ?)にTシャツ短パンで超える猛者もいるとか!!)
後半は待ってましたの大下り。走り出したら止まらない林道の下りで足に負担のかかる道だが、殆ど鋪装されているので痛快。

終盤は15キロコースと合流し一緒にゴール。
タイムは全く気にしていなかったのでわかりません。

帰りはなかなかやってこないシャトルバスを待ち、参加賞を貰って何時始まるのかわからない閉会式はパス。薬王院の参道で名物のトロロ蕎麦と蒸し饅頭を食す。穂高の疲れがまだ残っていて、新宿まで曝睡でした。

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穂高に行ってきました

23日秋分の日に絡めた連休を取って穂高へ行ってきました。

予定では上高地〜涸沢〜北穂高〜(岩稜縦走)〜涸沢岳〜奥穂高〜吊り尾根〜上高地
だったものの悪天候のため予定変更となりました。

http://yoshio-jp.cocolog-nifty.com/blog2/2008/09/post-6b4a.html

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夏フェス

立秋を過ぎてもまだまだ暑い日が続きますが
先ずは残暑お見舞い申し上げます。

京葉線南船橋の駅でサマーソニックへと向かう大勢の人達と反対方向の電車に乗り込んで、新木場の夢の島公園で開かれた野外コンサート「WORLD HAPPINESS」へ行ってきました。
昨日までの猛暑から一転、高曇りの一日で太陽にじりじり灼かれる事も無い絶好の夏フェス日和。6時間もの間ぶっ続けで大音量の音楽を聴き続けるのはさすがに疲れるが充分に堪能させてもらいました。
ミュージシャン高橋幸宏とアートディレクターの進藤三雄の両氏が呼びかけ人となって、縁の有るアーティストを集めた感じのユニークな野外フェス。ボサノバからスカ、ハードロック、テクノ、パンクまでやたらとバラェティに富んでいて面白い。自分的にはPUPA、HASYMO(YMO)、BONNIE PINK辺りが注目だったのだが、夕日に照らされながらの熱唱を披露したGANGA ZUMBAは大収穫。リリーフランキー氏の歌が上手いのにもちょっと驚いた。(おでん君のテーマが楽しい)
遅刻魔?安西肇氏もロッカーで登場。「2曲で貧血〜」のフレーズに思わず吹き出す。
メインステージ演奏の合間にサイドステージ上で優しい歌声でボサノバを聞かせてくれたnaomi&goroのCDを購入、naomi嬢のサインを頂く。PUPAの紅一点、原田知世の最新アルバムをプロデュースしたことで、一躍時の人?となった感じの若手ボサノバ演奏の名手で相方を努める伊藤ゴロー氏だが、この時は不在でした。
トリはHASYMOでTBSニュース番組のタイトル曲やライディーンなどの名曲も含めさすがに完璧な演奏を聞かせてくれるが、ノリノリの曲調では無いだけにスタンディングは正直きつい、出来れば着席してじっくり聴きたい感じだ。

ともあれ空を行き交うヘリコプター、遠くに浮かぶ飛行船、時折顔を出す夏の太陽、夕日、夜空を一瞬染める打ち上げ花火、夏のど真ん中を感じた一日でした。

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試験を終えて

昨年に引き続き挑戦した一級建築士学科試験を終えて一週間が経過した。
最終的な得点と合否は正式通知を待たなければならないが、当日の速報による自己採点では今年も合格点に今一歩及ばず残念な結果に終わりそうだ。
試験中はもうこれ以上無いという程記憶と直感を振り絞って問題を解いたつもりだったのに、今改めて問題文を見直してみると知ってるつもりの勘違いが多くてがっかりしてしまう。
建築に関してさもありなんってな感じで気ままな文章を時折書き込む自分としては、ブログ的にやや恥ずかしい話ではあるが難しいものは難しいのだからしょうがない。
そんなわけで挑戦はまた来年に持ち越し。
ちなみに現行の試験方法は今回で最後となり、来年度からは耐震偽装事件を受けて改正された建築士法に基づく新試験がスタートする。まだ誰も受験した事のない新試験、既に気持ちは切り替わっています。

ここ数カ月の間、通勤時間中はひたすら問題集ばかり読んでいたので、久しぶりに普通の本が読めるのが嬉しい。
先ずは竹内一正著『スティーブジョブス神の交渉術』
言わずと知れたアップルCEOスティーブジョブスの凄さと有り得なさに圧倒される。Macユーザーの一人として噂には聞いていたが此所まで凄いとは。
今のアップルが有るのは無論ジョブス一人のおかげでは無い訳だが、一方で彼の存在無くしてはiMac、ipod、iphoneといった魅力的な製品群やピクサーの成功は無かった事は間違い無い。神か悪魔か、ジョブスを好きになるか嫌いになるか二者択一を迫られる本、軽いタッチでさくっと読める。

その後は茂木健一郎著『脳内現象』を読は中。
TVの司会やCM等々早口でいつも忙しそうな茂木氏だが、さすがに学者だけあってこの人の文章はとても格調高い。そこに在る物を(無いものも含めて)質感在るものとして感じる脳の働き、これを「クオリア」と言うそうだが。この難しい内容をスムーズな文体で段階を踏みつつきちんと伝えてくれる。
残り四分の三の展開が楽しみだ。

漫画家赤塚不二夫さんの訃報。
おそ松くん、モーレツア太郎、ひみつのアッ子ちゃん、天才バカボン・・・
昭和のヒーローがまた一人この世を去っていった。
御冥福をお祈りします。

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